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東京高等裁判所 昭和50年(う)840号 判決 1977年5月04日

主文

原判決中被告人竹内正男、同柳喜之、同大野眞里に関する部分を破棄する。

右被告人三名をそれぞれ懲役三年に処する。

原審未決勾留日数中、被告人竹内、同柳に対しては各四四〇日を、被告人大野に対しては四一〇日をそれぞれ右刑に算入する。

右三名に対し、本裁判確定の日から各五年間それぞれその刑の執行を猶予する。

被告人備前良雄、同石井久、同梅村城次、同鈴木秀人、同竹下紘一、同菅原則生の本件各控訴を棄却する。

原審における訴訟費用中、証人小林周二(但し、支給した分の二分の一について。)、同田原靖士、同小林文夫、同行方久雄、同江原秋男、同芦田啓に支給した分のそれぞれ九分の一ずつ及び証人池田寛二、同岡林茂(但し、昭和四八年四月二〇日に支給した分を除く。)に支給した分のそれぞれ一一分の一ずつ並びに証人中矢静一、同新里金福、同友寄英正に支給した分のそれぞれ一〇分の一ずつを被告人竹内、同柳、同大野の負担とし、当審における訴訟費用中、証人石井健次に支給した分の一〇分の一ずつ及び同高槻修に支給した分の九分の一ずつを被告人九名の負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人三上宏明、同弘中惇一郎共同作成の控訴趣意書、右弁護人両名及び被告人ら共同作成名義の控訴趣意書補充書、被告人大野眞理作成の控訴趣意書補充書その二記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官西村常治作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意中、訴訟手続の法令違反の主張について。

論旨は要するに、原審は池田寛二、石井彌一郎、梅村城次、岡林茂、石井久及び竹内正男の各検察官の面前における供述調書(以下単に検面調書という。)を刑訴法三二一条一項二号の書面として証拠に採用したが、(一)検面調書は弁護人に反対尋問の機会を与えないで検察官が一方的に作成するものであるから、これに証拠能力を認める刑訴法三二一条一項二号の規定は、結局において弁護人の反対尋問権を侵害しているものであって、憲法三七条二項に違反する無効のものである。(二)仮に刑訴法の右条項が憲法に違反するものでないとしても、現実の裁判所における右条項の運用では、検面調書に無制限の証拠能力を認めているから、刑訴法三二一条一項二号の運用面において憲法三七条二項に違反している。(三)また仮に刑訴法三二一条一項二号が違憲のものとはいえないとしても、原審が証拠として採用した前記各検面調書には、いずれも当該供述者の公判期日における供述に比較して信用すべき特別の事情が存在しないのであるから、右各検面調書はいずれも証拠能力を有しないものである。以上のように、原審は憲法三七条二項に違反するか、少くとも刑訴法三二一条一項二号に違反して前記各検面調書を証拠として採用したのであるから、判決に影響を及ぼすべき訴訟手続の法令違反があるというのである。

そこで記録を精査して検討すると、原審が所論指摘の池田寛二ほか五名の各検面調書を刑訴法三二一条一項二号の書面として証拠に採用していることは所論のとおりであるが、(一)憲法三七条二項の、刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与えられるとの規定の趣旨は、裁判所の職権により又は当事者の請求によって喚問した証人について、反対尋問の機会を充分に与えなければならないというのであって、弁護人に反対尋問の機会を与えない証人その他の者の供述を録取した書類に証拠能力を与えることを禁止しているものではない。したがって刑訴法三二一条一項二号が検面調書の供述者を公判期日において尋問する機会を被告人側に与えればこれを証拠とすることができる旨規定しているからといって、憲法三七条二項に違反するとはいえない。(二)また裁判所が検察官の請求によって検面調書の採否を決定するにあたっては、これが公判準備若しくは公判期日において前の供述と相反するか若しくは実質的に異る供述をしているかどうか、公判準備又は公判期日における供述よりも前の供述を信用すべき特別の情況があるかどうかについて慎重な較量・検討を加えるのが常であるから、裁判所がこのような配慮を払わないで無制限に検面調書の証拠能力を認めている旨の所論主張は採用の限りではなく、刑訴法三二一条一項二号に関する裁判所の運用面においても憲法三七条二項に違反するところはない。(三)更に前記池田ほか五名の各検面調書を同人らの公判期日における供述と対比してしさいに検討してみると、右各検面調書は事件後間もない時期における各供述者の記憶に基づいて作成されたものであり、また供述に至る動機、供述の内容に徴して信用性の高いものであると認められるのに対し、右各供述者の公判期日における供述は事件後相当期間を経過した後のものであって、記憶に不鮮明な点が見うけられるうえ、各供述者はいずれも被告人らと同一の組織(共産同叛旗派)に所属又は同調していたものであるため、被告人らの不利益事実に関する供述を回避していることがうかがわれるのであるから、信用性に乏しいものであると認めざるをえない。したがって前記各検面調書には公判期日における供述よりも信用すべき特別の情況があるものと認められるから、これらを刑訴法三二一条一項二号の書面として証拠に採用した原審の措置は相当である。なお所論にかんがみ若干付言すると、池田寛二、梅村城次が身柄拘束のまま取調べを受けていた際、同人らが弁護人解任届を捜査官に提出し、以後弁護人がないままで取調べに応じて供述調書が作成されたものであることは認められるが、右の弁護人解任は主として同人らの自主的な判断に基づくものであって、捜査官の詐言ないしは強要によるものとは認められない。また石井久が勾留中に身体の不調を訴えていたことがあったことは認められるが、《証拠省略》によれば、風邪の症状による微熱があった程度で取調べに影響を与えるほどのものではなかったことが認められる。したがって右のような諸事情が前記検面調書の信用性を左右するものとは認められないし、その他所論が主張する諸点を考慮してみても、右各検面調書に特信性がないとは認められない。

以上のように、原判決には所論主張のような訴訟手続の法令違反は存在しないから、論旨は理由がない。

控訴趣意中、法令適用の誤りについて。

論旨は要するに、(一)原判決は罪となるべき事実第三の事実を認定して、これを現住建造物放火未遂罪及び公務執行妨害罪に問擬しているが、原判示の新宿駅東口派出所は新宿駅ビルの一部分をなす鉄骨コンクリート造りの不燃性建造物であり、その内部の可燃部分も二階の天井一部の化粧枠及び床の一部の板敷や押入れの枠などであり、これらはいずれも取りはずし、交換の可能な付属物であって、建造物の一部にはあたらないから、新宿駅東口派出所は放火罪の客体たりえないものであるのに、これに前記放火未遂罪の法条を適用し、また公務執行妨害罪にいう公務とは、積極的な公務の遂行を意味するのであって、本件のような待機行為までをも含むものではないのにかかわらず、これに公務執行妨害罪の法条を適用したのは、いずれも法令の解釈適用を誤ったものである。(二)原判決は罪となるべき事実第二において、被告人柳の「一九日の闘争は組織的意味あいから考えて何を獲得しなければならないか。今後の闘争に耐える組織作りが必要で、その意味から一九日の闘争はどのような××(非合法闘争のこと)をやる必要があるか。」との発言及び被告人鈴木の「三里塚のゲリラ闘争は山や林を隠れ家にしたけれども、都会等の闘争では大衆とビルとを三里塚における山や林にするんだ。」との発言を認定し、これらを理由として同人らの所為は兇器準備結集罪にあたるとしているが、右のような抽象的闘争論に関する言辞をもって同罪に問うた原判決は、明らかに法令の解釈適用を誤っている。(三)また原判決は弁護人が主張した超法規的違法性阻却事由ないし抵抗権の主張を採用しなかったが、右は本件が勃発した当時の沖縄の状態についての認識を欠き、更に超法規的違法性阻却事由ないし抵抗権の原理に関する解釈を誤ったもので、これは判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りにあたるというのである。

そこで記録を精査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討すると、(一)《証拠省略》によれば、新宿駅東口派出所は新宿駅ビルの一部をなすコンクリート造りの二階建不燃性建造物であるが、その内部は、一階に見張所と事務室の境にある敷居、鴨居、階段下の木造部分、一階東側の窓枠と窓の桟、二階に送風口の枠、排水管のおおい、床の一部、押入等、建造物の一部を構成すると認められる木製の可燃部分があり、その他一階には片面板張りの引戸、書類、地図、木製腰掛、木箱等、二階には畳、布団、扉等の可燃物があったことが認められる。ところで、右派出所内に火災びんを投入した場合、その火炎は、直ちに又は右の可燃物に引火することによって、一、二階の右建造物の一部をなす木製部分に燃え移って、これを独立して燃焼させうるものであることは十分認められるところであるから、前記木製部分を取りはずし、交換の可能な付属物であるとし、これらは建造物の一部ではないことを前提として、東口派出所が放火罪の客体となりえない旨の所論主張は肯認できない。また公務執行妨害罪にいう職務の執行とは公務員が職務上なすべき事務の取扱いをすべて指称するのであって、所論主張のように公務の積極的な執行にのみ限定すべきいわれはなく、本件における警察官らの待機の方法による警戒活動は、警視庁警察署外勤警察運営規程に定められた派出所勤務員の在所活動として適法な職務執行行為と認められるから、これを妨害する行為が公務執行妨害罪に該当することは疑問の余地がない。(二)次に、原判決が被告人柳、同鈴木に関し、所論主張の発言を認定していることはそのとおりであるが、右部分をその前後の部分と併せて通読すれば、原判決は、原判示のマージャンクラブ「ゾロ」において、兇器を準備して人を集合させることの共謀が成立した旨認定し、右謀議に基づく共同正犯として同被告人らの所為につき兇器準備結集罪が成立することを認めたものであって、同被告人らの前記発言は右共謀が成立するに至る経緯の一部として判示したものに過ぎないと解され、これらの発言を理由として同被告人らの所為について兇器準備結集罪の成立を認めて該当法条を適用しているものでないことは容易に理解できるところであるから、原判決が所論のように法令の解釈適用を誤っているということはできない。(三)また、原判決に事実誤認のないことは後に説示するとおりであるところ、本件被告人らの各所為は抵抗権の行使である旨の所論主張は弁護人独自の見解であって採用の限りでなく、原審における弁護人の超法規的違法性阻却事由の主張について原判決が示した判断は、当裁判所においても十分肯認しうるところであって、原判決がこの点に関する解釈、適用を誤っているとはとうてい解することができない。

以上の理由で、原判決には所論主張の法令適用の誤りはないから、論旨は理由がない。

控訴趣意中、事実誤認の主張について。

論旨は要するに、(一)原判示第三の事実につき、(イ)原判決は、昭和四六年一一月一八日マージャンクラブ「ゾロ」で行われた共産同叛旗派の集会において、本件現住建造物放火に関する謀議が行われ、同月一九日午後七時ころ三越百貨店新宿支店裏に火炎びんを持って集まった上、新宿駅東口派出所を火炎びんで攻撃する旨の共謀が成立したと認定しているが、同会議で決定されたのは、右同日新宿駅東口で火炎びん闘争を行うことの抽象的闘争方針のみであり、東口派出所を火炎びんで攻撃するという具体的な攻撃目標を定めたことはないのであって、原判示のような共謀は成立していない。(ロ)原判決は、被告人らに放火の犯意があったと認定しているが、現に東口派出所に火炎びんを投げたのは、右派出所と一五メートル以上離れた場所からであるうえ、その投てき角度及び同派出所はコンクリート造りの不燃性建造物でもあることから考えて、右派出所を焼燬することはほとんど不可能であると認められ、右の事実に徴すると、被告人らには放火の犯意はなかったことが明らかである。原判示第二及び第三の事実につき、(二)原判決は、被告人大野は本件において中隊長となることを引受け、本件放火未遂の実行行為に加わったこと、被告人大野、同竹内は、火炎びん闘争のための集合場所等に関する指示を与えるなどした高橋克行とともに、右闘争参加者が準備する火炎びんの受領に来た者に火炎びんを配付したりして、兇器を準備して人を集合させたことをそれぞれ認定しているが、右事実は存在しない。仮に被告人大野、同竹内が右の配付や指示の場所に居あわせていたとしても、そのことだけでは、同被告人らの罪責は兇器準備結集幇助罪にとどまるというべきである。原判示第一及び第三の事実につき、(三)原判決は、被告人備前につき、原判示のとおりの犯罪の成立を認めているが、同被告人はたまたま現場近くを通行中、警察官によって誤認逮捕されたもので、本件とは無関係である。原判示第二の事実につき、(四)原判決は、被告人柳、同鈴木が「ゾロ」の会議において原判示のような発言を行った旨認定しているが、右の各事実は存在しない。したがって以上の点において原判決は事実を誤認しているというのである。

そこで記録を精査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討すると、原判決挙示の各証拠、特に右(一)の(イ)、(ロ)、(二)及び(四)の点につき、池田寛二、梅村城次の検察官に対する各供述調書、(一)の(イ)、(ロ)及び(四)の点につき石井彌一郎の検察官に対する各供述調書、(一)の(ロ)の点につき、司法警察員作成の実況見分調書、原審証人小林周二の証言、(一)の(ロ)及び(二)の点につき岡林茂の検察官に対する各供述調書、(一)の(イ)及び(二)の点につき、竹内正男の検察官に対する各供述調書、(一)の(イ)、(三)及び(四)の点につき、石井久の検察官に対する各供述調書、(三)の点につき、原審証人小林丈夫、同行方久雄の各供述によれば、所論指摘の右各点についての原判決の事実認定は十分肯認することができる。《証拠判断省略》なお所論にかんがみ、若干補足して説明すると、所論前記(一)の(ロ)の点については、原判示派出所が焼燬可能のものであることは先に述べたとおりであるところ、原審証人小林周二の供述によれば、同人は同僚の警察官岡多正志とともに、大楯で派出所の入口をふさいだ際、大楯に数発の火炎びんが当たって燃え上がったことが認められ、原判示集団員による本件火炎びんの投てき方法は十分派出所内に投げ込みうる状況の下に行われていたことがうかがわれ、所論は採用できない。また所論前記(二)のうちの被告人大野、同竹内の火炎びん配付等の行為が、兇器準備結集の幇助罪にとどまる行為であるとはとうてい認められない。なお、所論前記(三)の点については、《証拠省略》によれば、備前は叛旗派に所属又はこれに同調していたものであったことが認められ、また《証拠省略》によれば、新宿警察署警察官である小林丈夫は被告人備前が火炎びんを投げたのち他の氏名不詳者一名と逃走するのを目撃し、これを追尾して放火未遂罪の現行犯人として同被告人を逮捕するに至ったことが認められるから、所論主張のようにたまたま付近を通りかかった同被告人が警察官の誤認によって逮捕されたとは認められない。

以上のように、原判決には所論主張の事実誤認はないから、論旨は理由がない。

控訴趣意中、量刑不当の主張について。

記録を精査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して考えてみると、被告人らがそれなりに沖繩問題を考え、沖繩返還協定のもたらす弊害を憂慮した結果、同協定の批准を阻止しようとして本件各犯行に至ったものであるとしても、本件が前記「ゾロ」の共謀に基づく計画的な犯行であり、また多数人の来集する新宿駅ビル東口の一角にある派出所を火炎びんで襲撃するなど、何のかかわりあいもない一般大衆を巻きぞえにしかねない危険極まりない犯行であって、たまたま実害の程度が比較的軽微であったこと、各被告人らの家庭状況、被告人らがいずれも若年で前途あるものであることなど所論の指摘する被告人らに有利な諸事情を斟酌しても、被告人らの罪責は極めて重いといわざるを得ない。右の犯情にかんがみると、原審においてそれぞれ刑の執行を猶予された被告人備前、同石井、同梅村、同鈴木、同竹下、同菅原に関する原判決の量刑(いずれも懲役三年、五年間執行猶予)が不当に重いとは認められず、また原判決が同被告人らに対し未決勾留日数を算入していないからといっても、同人らがすべて刑の執行を猶予されていること、未決勾留日数を算入するかどうかは裁判所の裁量に委ねられたことがらであることを考えると、右不算入が同被告人らに対する量刑の上で不当に不利益を科しているとは認められない。したがって同被告人らに関する量刑不当の論旨は理由がない。しかし、被告人竹内、同柳、同大野に関しては、前記の犯行の動機、態様のほか、同被告人らの果した役割り、前歴、犯行後の情状、刑の執行を猶予された前記被告人らとの刑の均衡等、所論主張を含めて同被告人らに対する有利な諸事情を考慮すると、同被告人らに対しては刑の執行を猶予するのが相当であると認められるので、原判決の量刑(いずれも懲役三年)は重きに過ぎ、これらの被告人に関する量刑不当の論旨は理由がある。

そこで、被告人備前、同石井、同梅村、同鈴木、同竹下、同菅原の本件各控訴はいずれも理由がないから、刑訴法三九六条により棄却することとし、被告人竹内、同柳、同大野の本件各控訴は理由があるから、刑訴法三九七条、三八一条により、原判決中右被告人らに関する部分を破棄したうえ、同法四〇〇条但書により次のとおり判決する。

原判決の認定した事実に原判決の挙示する法令(科刑上一罪の処理、刑種の選択、未遂減軽、併合加重を含む。なお被告人竹内に対する関係では刑法五〇条)を適用した刑期範囲内で被告人三名をそれぞれ懲役三年に処し、刑法二一条により原審における未決勾留日数中、被告人竹内、同柳に対してはそれぞれ四四〇日、被告人大野に対しては四一〇日を右それぞれの刑に算入し、同法二五条一項を適用して右被告人三名に対し、この裁判確定の日から各五年間それぞれの刑の執行を猶予することとし、原審及び当審における訴訟費用の負担(全被告人につき)について刑訴法一八一条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 勝俣利夫 裁判官 環直樹 斎藤昭)

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